2018年02月20日

優等生潰瘍星人から、厄介な潰瘍星人へ変身します

潰瘍性大腸炎が再発してついに主治医が
「再発してしまったから、約束通り、寛解維持する治療を続けましょう」と言われました

それは、ここでも書きました、副作用が激しい薬「イムラン」を飲み続けること
もしくは「レミケード」か「ヒュムラ」(点滴or自己注射)の選択ということです

ブログに書いた通り、イムランだけは飲みたくありません
健康の為なら死ねる!
という矛盾を絵に書いた様な薬です
それだけしか選択肢が無く、服薬している方は気分を害される文章であることは重々承知しておりますが
私の全細胞が拒否しかしないのです

加えてレミケードは大変高額で、難病手帳を使わないととても受け続ける事が出来ません
それ以前に、レミケードを選択する人は
「ステロイドでも効果が見られない人」が対象です
私はステロイドと相性が良いのか
多少の副作用はあるものの、軽度で
服用量が少しずつ減っていっても出血が悪化することなく
ステロイド依存にもならずに今のところ順調に回復してきています
だからレミケードの対象ではない
まだやれることがある

そもそも私は
退院してから今回再発するまでの1年半以上薬なしで幸せに生活出来ていたのだから
薬を飲まない選択だってあるはずだと思うのです(甘いかな?)
大腸の炎症が治まったら、それを維持するのは自力でやりたい
そしてダメだった時に、症状を抑える為に西洋医学(薬)のお世話になりたい

寛解維持をするために
体調が良い時も、ただ漫然と身体の声を聞かずに薬を飲み続けるということに
どうしても合点がいかないのです

そのことを主治医に話しました
しかし
病院には潰瘍性大腸炎の治療ガイドラインというのがあって
それに沿った治療しかしません
前回イムランを拒否した時
「今度再燃したら、先生の言うことを聞きます」と約束したものだから
主治医も「それみたことか」という感じで
私の希望に全く耳を傾けてくれなくなりました
病院側のアレコレがありますから、いたし方ありません
いろいろお薬を試したいお気持ちも理解出来ます(検証データあっての医学の進歩ですから)

言ったことを覆す私に非があります

それでも私は、不良患者になってでも
病院に見放されても
絶対にイムランもレミケードもやる時は、最終兵器にしたい
自分で諦めて、身体もどうしようもなくなって
「何でもいいから楽にしてください」という状況になった時にお世話になるつもりです

通い慣れた道だし、待ち時間は少ないし、看護師は常に神対応、安心感ばかりのこの病院
こんな形で、お別れするのはちょっと寂しい
お世話になった主治医とも意見別れになるのは
少しばかりこたえます

だけど、この病院とお別れしないといけなくなりました

今、新しい病院を探しています
通称広島漢方で知れ渡り、今や海外からも潰瘍性大腸炎の人が受診してくるという
広島のスカイクリニックに一縷の望みをかけたいと思っています
しかし、広島まで定期的に通うことは難しいので
副作用の確認の為に、今の主治医のもとで血液検査だけしてもらうという承諾と
スカイクリニックを受診することの理解を得なければいけません

病院の治療ガイドラインにも反します
私の大学病院は、漢方に否定的です
紹介状は書いてもらえない確率が高いです

もしスカイクリニックがダメなら
広島漢方の主成分である青黛の研究(治験)をしている慶應義塾大学病院なら理解してもらえるかもしれませんので
慶應義塾大学病院宛に紹介状を書いてもらい話を聞きにって
血液検査のサポートをしてもらうことが出来て
スカイクリニックに行けたら良いと思います

広島漢方だって100%確実ではありません
効果がなかった人だってもちろんいます
悪あがきなだけかもしれませんが
イムランになろうが、レミケードになろうが
自分で心底納得して治療を受けたい

広島スカイクリニックは
潰瘍性大腸炎は一生治らない病気では無い
薬も一生飲み続けなければいけないものではない

最低2年は服用するが、その後、経過と共に減薬していき
最終的には漢方無しでも寛解を維持するのが目標と謳っていて
その方針が私の気持ちにピッタリだったのです

広島スカイクリニックを受診され、寛解を維持し、今や食事制限無しで健康を維持されている方のブログをたくさん拝読してきました(体質的に合わなかった人のブログも拝読しました)

最悪主治医と喧嘩しても、見放されてもいい
私はまだ、他の治療法を自分で選択出来る余裕がまだあることに幸せを感じ
今出来る悪あがきを精一杯やりきります

それで結果「先生ダメでした〜ごめんなさい〜。イムランください〜」って泣きつくことがあっても
それはそれで仕方ないと思います

先生さよなら。お元気で!」と言った舌の根も乾かないうちに再発してしまったので
「あんなに強気だったのに再発しちゃった、、、恥ずかしい」みたいなプライドと
良い患者でいたい。病院にも感謝しているし。という「いい子ちゃん」というか真面目さがありましたが
もうそんなのどうでもいい
厄介な患者と思われてもいい
誰に嫌われたって、病院から見放されたって
リオに行けなかった悔しさに比べたら、痛くも痒くも無い!

そうは言っても、争うことは100%好きじゃないので
出来ればスムーズにスカイクリニックに受診(&血液検査のサポートお願い)出来ます様に〜〜〜
posted by オリド マキ at 21:18| 潰瘍性大腸炎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

リオに行けなかったから気づいたこと

メストリのご家族へのプレゼント.jpg

リオには行けませんでしたが
メストリの絵を、私の代わりにデザイナーの武田夏澄ちゃんがリオに持って行ってくれて
ましゅうさんの手からメストリのご家族へ
無事に渡されました

その時の様子を、その場にいたKTT君という子が
「マキさんに伝えたい」と
報告してくれました
ご家族が涙を流して喜んでくれたそうです

また、帰国した男の子もメッセンジャーで教えてくれました
絵を渡した直後、奥様が泣いてしまい、お部屋から出られてしまわれたそうです

朗らかで、おおらかで、肝っ玉母さんの様な
いわゆるビッグママみたいなお人柄と伺っていましたので
心底驚きました

だって、この絵自体は既にTシャツとなって
奥様はじめご家族の皆さんに見てもらえていたから
「まあ!嬉しい!ありがと〜」くらいだと思ってたのです

きっと、私の絵を通して
そこにメストリがいらして
奥様に何かを伝えられたのではないかと思いました

そう思った瞬間
私がその場にいなくて良かったのかもしれないと思いました

私がもし直接手渡したら、つたないポル語で説明をして
言葉が先に伝わってしまったと思います
「私が描きました」「こういう思いを込めて描きました」

メストリが何か奥様にメッセージを届けたいと思われた時
作者(私)の意図は必要なく
むしろ邪魔なだけではないかと思ったのです


これは、私の絵がすごいという話しでは全くなく
むしろ、誰が描いてもきっと奥様はメストリを感じたに違いありません
つまり、メストリの思いの強さ
彼のチカラがそうさせたのだと思います

ただ、私がメストリを描いた時に
「この絵を見た人に、メストリが「いいね!」(とか何かを)言ってくれますように」という願いを込めていました
だから、矛盾している表現ですが
誰が描いても奥様は何かを感じたに違い無く
そこは絵のチカラを超えて、メストリのご意思が働いたことが大前提で

でも、この絵は私にしか描けなかったと断言します

サンバが好き
イラストを描いている
その私の身体を、今回
「ちょうどいい身体発見!」的に
サンバの神様が1枚の絵を描くために使ったのだと

それが分かった今
長年
「サンバのイラストでリオへ行く」というのが夢でしたが
目標はもうそこではなく
私はただただ
描きたいものを描いていけばいい
そんな気が今はしています

あとは、こういう機会をいただいた時に
神様が「この身体使おう」と思って選んでもらえる器であるために
日々腕を磨いていくだけでいいんだなと

私が今まで見てきたサンバ人の中で
どうしても目がその人に釘付けになってしまう人というのは全員もれなく
「ああ。サンバの神様がこの人の身体を通して楽しんでるなあ」と思う人です
今まで
そういう人は選ばれた人なのだ。別次元の人なのだと思いましたが
こういう志でいればもしかしてその境地に行けるのかもという手応えを感じました
自分がこうしたいという欲よりも
何かの役に立てるのであれば、この身体を使ってくださいみたいな感じです

こんな風に思える様になったのは
リオに行けずに毎日泣いて泣いて泣き尽くして
感情の全部を流しきって
身体がちくわの様な筒状態(空っぽ)になったからです

そして

私が連日泣いて過ごしているのを知らなくても
そもそも私とは話したことすら無いのに
絵を渡した瞬間その場にいて、感じてくれたことを
私の連絡先を知らなくても
共通のサンバ仲間に
「マキさんに伝えて」と思いを届けてくれた
KTT君の真心と優しさのおかげです

メストリのご家族が喜んでくださったことと
KTT君の「伝えたい」という二重の思いを受け取って
その時初めて、悲しい涙ではなく、あたたかい涙が溢れました

帰国後、メッセンジャーで送ってくれた、しんじさんの言葉にも
どれほど私が救われたかしれません
奥様が、泣いてお部屋を出てしまわれたことまでは
知りませんでしたから

2人からのメッセージのおかげで
私の意思を超えたチカラが絵に宿ったことを知り
私はイラストレーターとしての皮がまた一つ剥けた様な気がしています
リオに行けなかったことがまさかこんな気持ちの変化になるなんて
思いもよらないことでした

感情のままに書きなぐりました
支離滅裂な文章かもしれませんが
あなたたちの言葉がどれほど私のチカラになったか
少しでも伝わりますように

お二人ともありがとう
posted by オリド マキ at 10:44| 2018年リオへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

リオには行けませんでした

リオに行く直前に、潰瘍性大腸炎が再発してしまいました

前回入院した時の様な腹痛は無く、下痢と出血のみだったので
「出発前には治る」「私は大丈夫」
サンバの神様がついている。奇跡は起こる。
そしてその奇跡をブログにアップしたり
帰国後、絵を描いて個展をやって、その席で話しのネタにする
そう信じて疑いませんでした

意に反して、出血は治らず
せめて下痢だけでも抑える薬を処方してもらおうと病院に行きました

処方されたのはステロイドでした
ステロイドは強い薬であるがゆえ、症状が治まったからといって一気に止めることは出来ません
徐々に減量していかないと、ショック状態になる危険があります
そして、ステロイドを服用すると、血栓が出来やすくなるため
長時間のフライトは許可出来ない
リオには行かせられない。と主治医が言いました

私がどれほど今回のリオ行きが大事か訴えたところで
既に体内には点滴でステロイドが入っています

泣いて暴れて、看護師さんに抑えつけられても、現実は変わりませんでした
潰瘍性大腸炎は突然極端に悪化することがあり
もしフライト中にそうなった時、もしくは、血栓が出来た時
私一人の問題ではなくなること
医師が止めたにも関わらず、飛行機に乗ったとしてそうなった場合
当然保険金がおりることは無く、恐らく何千万単位の補償をしなければならなくなること
それを言われた瞬間、ヒュッと心臓が縮こまる音と、死刑宣告を受けた様に目の前が真っ暗になりました

私がリオに行きたいという気持ちは、皆に迷惑がかかることだと
言われている気がしてならなかったのです

サンバの神様から
「おまえはリオに来る資格は無い」と
拒絶された気持ちになりました

私がリオに行けないこともそうですが
2月の多忙な時期に、リオに行くために、連日深夜まで残業して仕事を頑張ってくれている夫

メストリサラをやっているので、カルナバルはフリーザ席(砂かぶり席)で
メストリの足さばきを見たい!と興奮していた夫に申し訳ない気持ちでいっぱいで
胸が苦しくて、辛くて、消えてなくなってしまいたくなりました

こんなにサンバが大好きで
いつかイラストでリオに行くという長年の夢がやっと叶って
今回Tシャツに描かせて頂いたメストリの絵を、メストリのご家族にプレゼントすること
そして長年お世話になっているましゅうさんにサプライズを仕掛けるべく
デザイナーの武田夏澄さんと作戦を練って、グッズを作成したりして
リオに向かうすべての準備が、愛情いっぱいで幸せで楽しくて
私のサンバとイラストの集大成だと思っていたのに

なぜダメなんだろう。何がいけなかったんだろう
そう考えようとしても辛すぎて、とても受け止められない
これに何の意味があるかとか、そんなことどうでもいい
また今度行けるよ
そんな日なんて来なくていいから
今回行かせてよ!!!
今度行けるなら、何で今じゃいけないの?



根本が能天気で、一昨年入院した時でさえ
「もう二度と再発しない。私に限っては大丈夫」と思っていた私でしたが
今回ばかりはどう頑張っても元気になることが出来ません

そんな中
今回、航空券やホテルの手配で御世話になったウニベルツールの担当Kさんから
キャンセルの手配が完了した事と共に
お見舞いの言葉を頂きました
それは、このブログに関してのご感想でした
読んで、嗚咽が止まらず、泣いて泣いて、しばらく何も出来ませんでした

リオに行けないことで、サンバの神様に拒絶された気持ちでいましたが
「好きでいていいんだよ」と言ってもらえた気がしたからです
中南米専門旅行会社である、ウニベルツールのKさんに言われたからこそ
Kさんの言葉が、リオからの言葉である気がしました

最後に
「お元気になられたら、是非またブログも書いて下さい。」と綴られていて

ちょっと前のブログで
「難病だってリオに行ける!」なんて偉そうに書いてた自分も恥ずかしい
成しえていないのに大口叩いた自分が情けない
もう何もブログに書けないと思っていましたが
私、書いていいんだと初めて思える様になりました

Kさんのお仕事ぶりは素晴らしく
ウニベルさんの利益に関係無いこと(自力で手配することに関しての疑問など)も
親切丁寧迅速にご対応下さって
新米ゆえに、おっかなびっくりのリオの旅でも、安心して行けるのは
Kさんのおかげでしかなくて、いくら感謝してもしたり無いのに
今回キャンセルになってまた多大なご迷惑をおかけするのにも関わらず
ブログの感想まで送って下さって
仕事の姿勢は、その人のお人柄そのものだなと感じました

このブログをアップ出来るのは
Kさんのおかげです

Kさん
ありがとうございました
posted by オリド マキ at 16:21| 2018年リオへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

一番やらねばならぬことを忘れたままで出発

やれ仕事だとか
カルナバルで客席から、少しでも私の気持ちを伝えたく
プラカード(て言うんですか?)を作ってみたり
campeao.jpg

やれエンヘードを覚えなきゃとか
サンバチームの毎年のテーマTシャツや、リオのエスコーラTシャツばかりで普段着のTシャツがあまりないからリオ用に
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Tシャツ1.jpg

Tシャツ作るかとか
今回イラストを描かせてい頂いたMestreのご家族に差し上げたいと思い
メストリのご家族へのプレゼント.jpg

プレゼントを用意したりしてて
その準備があらたか終わって気がついた

ポル語の勉強をやってないことに

5年前はアパートを借りるので、必死になってポル語の個人レッスンに3ヶ月通ったおかげで
何とか必要最低限の会話は出来た
その成功体験がおごりに代わり
安心していた私がバカだった

5年前のレッスンノートを開いてみて驚愕
これ、誰が書いたんですの?
私の脳細胞の全忘却力が発動されたのか
もう、すがすがしいほどに
全然全く綺麗サッパリ覚えてない!!

今の私のポル語会話力でいったら
ソースis.jpg

こう

ヒアリング力でいったら
Niceto.jpg

このレベル

果たして無事にリオでやっていけるのでしょうか?
posted by オリド マキ at 13:58| 2018年リオへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする